彦根ゲストハウス無我の女将のブログ

漂泊の思い・第二の故郷、としての【宿り】の場所を作っていきます。パンデミックの中、模索する日常のあれこれを記します。

リスペクト

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男は、、女は、、

 

といった話題が多いかな、夫婦間で、ふと気付くと。

 

身近な人から、ゲストハウスに関連した方から、おかげさまで

 

色とりどりの方々とお話しさせていただいている。

 

本当に楽しくて勉強になる。

 

今日、ダンナさんが「みんなとワイワイも、一人で過ごすのも、

 

どちらもこなすのは女の人の方が上手だなぁ」と呟いていた。

 

いい意味で雰囲気を読み、いい意味で身を翻す、

 

最初はそんな女たちに(私も含めて)四苦八苦していた彼。

 

おそらく、この仕事になって女性の見方が劇的に変わったはずだ。

 

というか、今まで何見てたん!と言いたいが。

 

楽しみが尽きないように頑張ろー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三菱レーヨン

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例えば、どこか静かな水底に沈んでいた枯葉が、

ちょっとした水の動きで水面に上がってくる、、、そんな感じで

自分の頭の中の記憶が蘇ることがある。

もしかしたら死ぬまで一度も思い出すこともなかった断片かもしれないのに。

生きている以上、この断片が堆積されるわけだが、

鮮明に思い出すことや、

思い出したくても思い出せないこと、

全く忘れてしまっていること、、、

どうやって取捨選択されているのだろう。

これらはその人の意識や生き方を支配しているようだ。

 

私は昨日何故か【三菱レーヨンの従業員用の入浴施設で入浴した】ことを

思い出した。

昭和時代、クラスの女友だちに誘われて近所の工場へ入浴しに行ったのだ。

経緯は忘れてしまったが、

(友人の親御さんのコネだった気がする)

高学年といえ小学生の女の子2人が完全に浮きまくっていた気がする。

なので、記憶を封印したのだろう。

何十年も経って、工場も既に更地、当時を知る人も少ないのではないか、と思うと

あの殺風景な浴場が貴重な記憶に感じて脳の水面に浮き上がってきたようだ。

(洒落も情緒もない、当時のコンクリート打ちっ放しに近い殺伐とした浴場。

 現代がいかにデザイン性が高く豊かになったか。)

そして、私が今まで入ったたくさんの温泉や銭湯コレクションを押し退けて、

第一位である。

別格。

なんだろう、高い窓から差し込んだ太陽の光り、溺れそうに深かった浴槽。

まるで〇〇〇〇。

昨日から、懐かしい涙が出そうな気持ちに酔っている。

 

 

 

 

 

 

湖上からの返信

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ご近所のMさん(昨年彦根に移住した)に、連絡をすると

 

「今、琵琶湖の上です」

 

なんと湖上からLINEが。

 

ご自分の漁船を操業して、漁の真っ最中。

 

会えなく残念だが、順調に漁業の手習いをしている由、

 

とても嬉しくて気が晴れた。

 

新しい移住希望者さんがいたので、引き合わせたく連絡したのだが

 

今回はタイミングが合わなかった。

 

そういう私も、琵琶湖の漁は間近で見たことがまだ無いので、

 

Mさんを通じて是非拝見したい。

 

 

 

 

移住の好連携

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歴代の移住希望者の方々の記録と、

 

その方々を見守るゲストハウス無我の我々の主観が込められたノートです。

 

前々から記録をまとめて、可視化したいと思っていたのです。

 

やっと作りました。

 

内容はビックリするくらい【メモ程度】ですが。

 

実現した方も、進行中の方も、夢のままの方も、

 

断念した方も、出来るだけ情報として残したいと思っています。

 

近くのカフェメルカードでマスターが移住希望者をキャッチ、

 

ゲストハウス無我へ連絡いただく、という好連携もありました。

 

明日は、市の移住コンシェルジュと面談です。

 

ウエルカムです。

 

何かしら心にとまるものを見つけに彦根へお越しくださいませ。

 

もちろんリモートでも対応しています。

 

 

 

 

熱風

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実家の両親のアフターフォロー(自己誤薬で体調不良)にため

毎日電話しているが、

しまった!私の携帯電話は充電が残量少なく、WiFiも使えない場所で仕事。

急遽、ダンナに電話代行してもらう。

とても調子いい様子だったらしいが、疑心暗鬼。

ま、それでも良しとしよう。

それはそうと、、、

今日、私は先日の熱傷跡の痒みが酷く困っている。

うっかり蒸気の吹き出しているポットの真上に腕を伸ばしてしまい、ヤケド。

自分で手当てして、数日経ち

痒みが出てくる時期なのか、、、フィルム剤にかぶれているのか、、、

無意識に掻いてしまいそうで怖い。

自分も含めて負傷人だらけ。

 

 

揖保乃糸

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神戸時代(昔、一年間出向していた)の収穫はいろいろあったが

現地の友人から

食の美味しさを教えてもらったことがよく思い出される。

なかでも、パン。

もう一つが、播磨地方の素麺文化。

全く知らなかった私はカルチャーショックだった。

揖保乃糸が有名だが、

その地方では素麺を保管・熟成させるための蔵を持つ家があるとか。

3年寝かせたりするらしく、

慌てて早く食べてはいけないのだそうだ。

何もつけなくても素麺のまま美味しいらしい。

美味しいお米はご飯だけで食べられる。と同じだ。

残念ながら、まだ私はそのような素麺をいただいたことがない。

蔵の素麺でなくても、いつか本場で素麺が食べたいと願っている。

 

ちなみに、神戸滞在一年間のうち

もっとも美味しいと思ったパンは、入院中朝食で出たパンが最高であった。

数日で退院できたが、パンだけは名残り惜しかった。

買い求め困難と思うから、余計に美味しく感じたのだろうか、、、。

いや、やはり病院食といえど美味しいパンでないと

許されないハイレベルな神戸のパンなのだ。

 

 

 

眩暈の絡繰

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実家の父母がお正月過ぎ、ほぼ同じ頃に眩暈発作があった。

電話で報された。(正確には、私から電話して発覚した)

昔から時々あることなので、

トラベルミン服用して安静に」という対応で今回もクリアした。

かに思われた。

高齢者の二人は、腰痛もあって同じ整形外科クリニックにかかり

鎮痛剤をもらっている。

電話のやりとりだけでは分からなかったが、

直に会って聞いてみると、母は三倍量の鎮痛剤を丸一日の間服用してしまったと告白。

父は黙秘しているが怪しい。

眩暈ではなく、服用量が多過ぎてフラついたのではないかと、、、。

そんなこと知らないのでトラベルミンのませてしまったではないか!
やってしまったーーー

今日の私は事情聴取をする警察だった。

でも彼らに悲壮感はない。

仲良く湿布を貼りあったりしている。

私に心配かけないように振る舞っているのだろう。

これからしばらく二週間ごとに、訪問看護しなければならぬ

と、心に期して彦根に帰ってきたのであった。