滋賀県 彦根ゲストハウス無我 ママさんのブログ

漂泊の旅・第二の故郷、としての【宿り】の場所を作っていきます。宿泊される方の思いをしっかり見つめて、模索する日常のあれこれを記します。

旅先で聞いた戦争の話

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十数年前、旅の途中にドミトリーの宿の同室者から窺った話。

私が当時看護師をしていたために、古い思い出話を聞かせてくださった。

その方は70歳近い女性で、お若い時に自宅近くの病院でボランティアをしていた。

戦争中、負傷して心身に障害が残るなどした元日本兵ばかりが

入院する病院だった。

とても気立ての良い若いナースがいたのだが、ある患者(元兵士)に情が移り、

結婚すると言い出したので、その人も含め周りはみんな反対した。

腕やら足やら戦争で失っている人であった。

そんなに反対されるのは、心身の障害が酷かったのかもしれない、、とも思った。

でも、生真面目なそのナースは駆け落ちのようにその患者と病院を去った。

現代にはもう元日本兵を療養させる専門病院など無いが、

戦後しばらくは一生介助を受けなければならないような

傷を負った患者を収容する病院があったことに驚いた。

いくらナースであれ、普通の幸せを求めなければならないのに、

とその方は昨日のことのように悔やんでいた。

駆け落ち同然の二人が幸せだったか否かは、その人も結果は分からない。

が、他者に尽くすことと犠牲になるということの違いは

幸せかどうなのかということを尺度として持っていないとめちゃくちゃになる。

その判断が、戦争というものでおかしくなってしまうのだろうか。

今、コロナ時代を戦争と見做している話が多い。私もそう思う。

普通さや幸せを求めてイイのさ!と思う。

 

 

 

 

 

かわいいと言われるのはうれしい

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所用で夜中の2時過ぎに寄ったコンビニ。

お会計をしてもらっていると、店員さんが

「そのエコバッグはTシャツで作ったものですね?」と声をかけてきた。

「そうですよ。切って結んだだけです。」と答える。

もう一人の店員さんにも声をかけている。

「かわいいー」と口々に。

イヤー、うれしいものだ。こんなエコバッグを褒められちゃうと。

夜勤中、余計なこと関わりたくないと思うけど。

仕事は楽しくやるべきだと、再認識。

ここは、いつもフレンドリーな雰囲気だと思っていたが

ますますファンになった。

かなり前だが、ホタルの時期に

なんと出入り口の外の脇に、大きな虫かご(ホタルが入っている)が設置されてあった。

ベルマークを集めて(東日本大震災の被災者支援だそうで)持って行くのも、

ココと決めている。

 

セブンイレブン米原一色店さん、これからもこの雰囲気でお願いします😊

 

逆境

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甲子園での高校野球(交流試合)が開催されました。

コロナで春の大会が中止になったのですが、

その出場校がスライドする形で一回戦のみの大会です。

高校野球は、おそらく想像以上のファンがいると思っています。

他のスポーツは観ないけど、、、

野球のルールも知らないけど、、、

TVすらいつもは観ないけど、、、

という人たちが楽しみに観るようです。

ナース時代、ある入院患者さん(寝たきりの高齢婦人)が

夏の甲子園を全試合観たと言ってらしたことを思い出していました。

ご自宅で人工呼吸器をつけながら観ていたそうです。

余談ですが、そのご婦人に

「あなた、私の秘密をミヤネ屋に言ったでしょう。」

と言われたことがありました。

御立腹で。

もちろん、妄想です笑。

⚾️⚾️⚾️

甲子園に戻りますが、

解説者が「逆境の人を思いやれる大人になって欲しい」と言っていました。

これの言葉が聞けて良かったーちょっと涙が滲みました。

それに尽きるのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥人間を想う

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日本の終戦から75年という日。

今年はコロナ禍で、鳥人間コンテストは開催されませんでした。が、

このコンテストが戦争と関連があることを書き留めておきます。

彦根の松原海岸で例年行われている鳥人間コンテスト(以下、鳥人間)は、

参加する大学のOBやOGの方々が、

ゲストハウス無我にもお泊まりいただいています。

あるOBの方からお聞きしたお話によれば、

戦後の日本で航空関係というのはイコール戦争の象徴と見做され、

研究開発も遅れてしまった時期があったようです。

平和になって高度成長してきても、

航空業界が遅れてしまっていることを憂慮した人たちが

発起して生み出したのが、鳥人間コンテストだったというのです。

当初は、空軍で軍人だった人が作成した飛行機だったり、

あまり飛ばないものであったり、

とにかく熱意で頑張っていたようです。

それが近年では、琵琶湖の対岸まで飛行し折り返してくるような高レベルです。

今あるハイテクなものも、突然出現したわけではなく、

戦争があった事実に繋がっているわけです。

自分が知らないだけで、

戦争の影響が基になっていることは意外に多いのかもしれません。

 

この方が当館に泊まってお話を窺えたおかげで、

鳥人間により深い思いを込めることが出来ました。

現役の大学生さんも、関係者の方々も、

今年は本当に残念で堪らないとお察しいたしますが、

単なるコンテストやお祭りイベントではない鳥人間ですから、

さらに精進して彦根にお越しいただけるのだと確信してお待ちしております。

 

鳥人間コンテストの成り立ちの話は、数年前の私の記憶だけを頼りに記しております。)

 

 

 

 

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買い物で立ち寄ったお店の入り口で、非接触式体温計で店員さんに測ってもらったら

 

「37.8度です。体調悪いですか?」と言われてビックリ。

 

というか、暑いです、、、。

 

南西向きで全面ガラス張りの入り口で、猛烈に暑い場所でした。

 

特に入場制限されたわけでなく、店に入りましたが、

 

だんだんと気になって速攻で帰宅、腋窩の体温計で測ると、

 

「34.9」

 

なんだ平熱。ホッとしました。(最近平熱は35度前後)

 

額の体温計は気温に左右されますね。され過ぎです。

 

それにしても、37.8と言われて帰る車の中では一気に妄想が駆け巡り、

 

なんとなく体調の異変を探っていました。

 

病院勤務時代も非接触式は正確さが今一つで(高値がでる)使わなかったし、

 

室温が高すぎだった、そんなはずはない、と半分は冷静ではいましたが、、、。

 

もちろん元気なので、もう一度別のお店で買い物をし直しました。

 

少なくともふらーっと立ち寄るようなくらいのお店巡りは、まだ控えた方がいいのでしょうね。

 

 

 

当館もゲストさんに体温測定(腋窩)していただいていますが、

 

気温や室温にも留意しないといけないと思い知りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドリームボール

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私個人的に今、幸運だと思うことは、

安楽死についてどう思うかという議論をキャッチボールできるオバチャンが身近にいること。

バイト先の方なのだが、はるかに予想外のドリームボールを投げてくるオバチャン。

これだけでもバイトは有意義だと感じている。

 

過去において幸運だったと思うことは、

多々あるが、

中でも、

高校の担任ではない男性の先生が、

「君ら絶対死ぬな。殺人者になって人から石を投げられたり罵られたりしても自殺はする

な。」

と言ってくれたこと。学生運動経験者の先生ってどこか違っていた。

これだけでも高校に行った価値があったと思っている。

 

後悔もある。

その先生が「この中に『アカシアの雨が止む時』を歌える者はいるか?」といわれたが

挙手出来なかった。

(完璧に歌えたのに。さすがに教室でアカペラで恥ずかしかった。

あのとき独唱していたらヒロインになったであろうか。いやなれていない。)

この歌は、学生運動の象徴的な歌だったようだ。

このまま死んでしまいたいって歌詞だが、絶対死ぬなと言ったり、

大人は裏腹。いい加減。なのかも。

 

 

 

空き家問題は高齢者問題

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夏の盛りになって

 

町内の空き家の繁り過ぎ雑草や木の枝が通行に邪魔問題が

 

目立ってきました。

 

自治会長であるがゆえ、皆さんから問題の空き家の主人の様子を窺いますと

 

【高齢者】【欲高い】【話が通じない】という共通点があります。

 

お手上げなキャラクターです。

 

空き家問題=高齢者問題、明確になりました。

 

問題解決は、自分がこういう高齢者にならないように生きるしかないのでしょうか。