彦根ゲストハウス無我の女将のブログ

漂泊の思い・第二の故郷、としての【宿り】の場所を作っていきます。パンデミックの中、模索する日常のあれこれを記します。

非・傍観

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中学校の同じクラスに、男子だけれど女子として生きている(性同一性障害

 

Yがいた。

 

別のクラスには、女性同性愛者のKがいて

 

私はそのKに好かれてしまっていた。

 

ある日、Kの取り巻きの女子2人に「なぜKの気持ちを分かってあげないのか!

 

いつも私たちはその思いを聞かされている!冷たすぎる!」と

 

教室の前の廊下で泣いて訴えられた。日常でも、学校のキャンプ旅行でも、

 

彼女達はKが語る私の話を散々聞かされていると。実際私がKと会話したのは、

 

少ししかなかったので、いろいろな想像を膨らませて物語っていたようだ。

 

当時、元気だった私は「仲良くしたいのなら素直に直接言えばいいでしょ」

 

という主旨のことを泣いている取り巻きに言った。

 

きっと物影からKが様子をうかがっていたんだろう、、、、。

 

はあ、、と自分の教室に戻ると

 

すかさず「Tさん(私の名前)も大変ねえ〜♡」とYが駆け寄ってきた。

 

Yには女子に言えないことも話せたし、Yが苦手なスポーツ競技には代理で出場

 

してあげたし、、、まあエピソードには事欠くことはなかった。

 

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こんな中学時代だったのって、大人になって話すと

 

【それって当たり🎯の人生だよ。楽しすぎる。】と言われることが多い。

 

確かに。

 

LGBT、マイノリティ、など日常的に見聞きする言葉になってきた昨今。

 

でも、昔々からあったのよね。

 

自己主張強く見えるけど、他人に対して観察力・洞察力が高く

 

他者への思いやりを沸々と秘めている、と中学時代の彼等を通して思う。

 

ネット社会じゃなかった分、腹をさぐるのも腹を割って話すのも(腹だらけね)

 

単刀直入でよかったなあ。

 

社会との関わり方を学ぶ宝庫だった、中学校。

 

今彼等がどういう人生を送っているのか全く知らないけれど。

 

みんな私のこと覚えているのかいなーー?

 

忘れてたら承知せんよーーーー!