「摂待」と「お下がり」

先日、用事があり彦根市内の済福寺にお邪魔いたしました。

住職様は不在でしたが、そのお母様と高校生のお嬢様に、

思いもかけず丁寧な摂待を受け、感動に浸りました。

折しも地蔵盆の時節、話題もそれです。

お地蔵さんが落書きをされたり、あろうことか盗まれた町もある。とか。

ま、本当にバチ当たりな。など、住職のお母様と会話して。

帰るときに、お地蔵さんの「お下がり」ですから、

とお菓子もいただきました。

檀家でもない初対面の者にも別け隔てなく摂待する。

接客の原点ですね。

敢えて「摂待」という字を使ったのは、おもてなしを受けながら、

謡曲の『摂待』を思い出していたからです(謡曲好きなので)。

日本の文化って、庶民の隅々まで美意識や生活習慣として、

浸透しているのが凄いと思います。勝者や権力者のものでないところが。

済福寺の皆様には、お忙しい中対応していただきありがとうございました。

この町に住んで良かったと、再認識しました。