オヤジギャグ容認

とある図書館で。
 
一階受付でヒステリック高齢者が、
 
スタッフの若い女性に「市長の○○でも俺の言うことをきくんやぞ」
 
??なる暴言をいい放ち館外へ。
 
私はその時二階の喫茶コーナーにいましたが、
 
喫茶のスタッフさんは[よくあるんです]な表情が見受けられました。
 
二階は別の高齢の男性がいらっしゃり、
 
「老人のヒステリーだね、やだやだ」と失笑。
 
しかしここからの展開がステキだったのです。
 
「僕は絵をカクけど、恥もカクよ」
 
「繊細ですねと褒めたら、『私は後妻です』と言われたことが、、、、」
 
連発。オヤジギャグ。
 
皆を笑わせて、コーヒーを飲み終えサッサとお帰りになりました。
 
一階の方々には申し訳ないくらい、
 
二階は天国でした。
 
ーーーーーーーーーここは、先日の大阪地震の直接の被災地ではない。
 
が、避難所でこういうこと起こっているんじゃない?
 
と想像できた。
 
地獄も仏も同居している緊急事態。
 
不安(余震・ライフライン寸断・様々な喪失感)が日常を支配してしまった被災地。
 
それでも、人の叡智で乗り切らなければならない。
 
復旧を妨げるのが、心無い人の言動であってはならない。
 
こういう時だからこそ、【二階のおじさん】のように、
 
余裕を!!
 
オヤジギャグを!!
 
 

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無我夜話 10

旅先で知りあってSNSでつながる。
 
つながるけど、忘れてしまう。
 
SNSでもつながらず、名前すらも知らない。
 
それでも忘れられない人もいる。
 
これってなんだろう。
 
以前そう言っていた女子ゲストさんがいました。
 
私なんかは、
 
今際の際にマブタの裏に現れるのが、
 
さして意味のない人物だったら嫌だななんて思ったりします(笑)。
 
先日、無我にお泊りいただいた旧友は、
 
同僚として一緒に働いたのは一年だけだったのですが、
 
別々になってさらにこれからもお付き合い続けたい人です。
 
余談ですが、後期高齢者のmy fatherは友人は一人もいません。
 
私が物心ついてから今までずっと。
 
欲しくないそうですね。
 
でもいつも充足感たっぷりです。
 
人と人とのつながりって、
 
世の中にある不思議中の不思議だと思います。
 
 
 
『カフェ 旅loveチャイハネ / 十年ぶり再会の友人と貸切パーティしました 』

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城下町気質

彦根観光協会の宿泊部会に出席した無我の宿主から、
 
スタッフへ伝達講習があったので、
 
ちょっと書きとめておきます。
 
4000枚のパンフレットが残っている。
 
新規で作成する必要がないパンフレットである。
 
この分の予算を他に有効活用できないか。⬅︎宿泊施設側の意見。
 
予算の用途変更は不可能。⬅︎協会側。
 
はい却下。
 
民間同士なら議論の余地はあると思いますが、
 
民✖️官ではこの提案は無駄です。
 
何十分も紛糾したんだとか。
 
紛糾自体も松の廊下じゃないけれど、
 
お芝居みたいな情景が想像されました。
 
城下町気質なんです、みなさま。
 
私は生まれ育ったところには岐阜城がありました。
 
大学・就職と10年以上住んだところには松本城がありましたが、
 
城に対する住民の思い入れはそれほどありませんでした。
 
岐阜はコーヒー飲んでいれば生きていかれる住民で、
 
松本は何んだかわからないけど理屈っぽい住民だけれど、
 
どちらも城下町気質ではないと思います。
 
彦根城というか、井伊家への思い入れかな。。。
 
伝達講習にいたある一人がつぶやきました。
 
その強い思い入れを形(コンシェルジュを名乗る、とか)にしたらと、
 
数年前に考えていたのですが、もはやその横文字も使い古した感があります。
 
ネーミングはどうであれ、
 
観光の目玉は、
 
城でも城下町の町並みでもなく、
 
城下町気質な『彦根人』でいいのではなかろうか。
 
旅人は言います、
 
彦根の人は静かでやさしい感じだ」と。
 
この古い町並みの良さを高めているのです。
 
世界のどこから来ても体感できるようで、
 
楽しいような怖いような、です。
 

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来週、旧友と会える

信州で暮らしていた頃の友人と十年ぶりに再会できるのです。
 
大学病院で同じセクションで看護師をしていた[戦友]です。
 
二交代の勤務体制でしたが、
 
日勤でも夜勤でも普通に六時間以上は残業をする悪しき慣習の職場。
 
休日出勤も普通、ギャグが無い、など悪例に関して枚挙に暇がない。。。
 
そして挙げ句の果てに、医療事故。
 
テレビのニュースで、病院幹部が謝罪する映像が流れる。
 
警察から、
 
責任者や当事者(薬剤投与を間違えたスタッフ〕は事情聴取。
 
それ以外はプロセスレコードを提出するのですが、
 
皆とても真摯な気持ちで当時の行動を振り返ってレコードを作成していると、
 
上司である師長が「すごい真剣だね」と心外な言葉を発したのです。
 
〝上司がこういう人で、こういう職場だから医療事故になったんじゃないの⁉︎“
 
って心の叫びが皆から聞こえた気がしました。
 
事故を起こしてしまった以上、真剣に向き合うこと以外のやるべきことは無いのに、、。
 
煮えくり返っていたけれど、肅々と乗り切りました。
 
余裕のない労働環境と人間関係が、最悪の事態を招くのです。
 
ーーーーーーーーーー
 
 
来週には関東からお越しいただいて、
 
初めてゲストハウス無我に泊まっていただくのですが、
 
観光なんかどうでもいいので、
 
とにかくしゃべりたい。
 
お互い、戦地で見つけた[オアシス]だったのよね‼︎
 

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旅先美容院

以前、私がひっそりと提唱していました『旅先美容院』。
 
先日うちにお泊まりのKorean beautyのKさんがヘアカット+カラーに行って、
 
「キニイリマシタ」とニコニコ帰ってきました。
 
パーマをかけるかどうか迷っていましたが、
 
パーマっ気を残すようなカットのみで折り合ったようです。
 
予約の前日も、宿でお互いあれやこれやとヘアスタイルのおしゃべり。
 
これからも、こんなおしゃべりが出来る関係が続きますように、、、、。
 
Kさんは2〜3か月毎の彦根ステイ時に、
 
ヘアサロンというイベントを定例化してくれるんじゃないかと期待しております。
 
異国の地で行きつけのヘアサロンがあるなんて素敵。
 
以前こちらの店長さんに伺ったのですが、
 
日本のヘアメイク技術は世界一と言っても間違いないそうです。
 
日本人の髪質(黒く直毛は扱いが難しい)が故に技術を向上させたこと、
 
ヘアメイクアーティスト(タレントであったり)が身近な感じで意識が高まったこと、
 
そして本質的に、勤勉さや時間に対する正確さがリスペクトに値するようです。
 
コミュニケーションや流行にも配慮しなければならず、
 
大変なお仕事であるのは言うまでもありません。
 
どんな打ち合わせや会議をされていらっしゃるのか、
 
ちょっと気になります。
 
『旅先美容院』、日本人にも外国人にも体験していただくため、
 
おせっかいしていこうと気持ちを新たにする私です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『hair/make COUR』さん お気に入りです。お世話になっています。

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ファミレスの楽しみ方

お店に入って席を選ぶとき、
 
同時に探ります。
 
独特の違和感がある二人連れ、、三人連れ、、、、。
 
できれば隣のスペースに自分は陣取りましょう。
 
その人たちの話し声が聞こえるくらいの。
 
これは友人Mさんから教わりました。
 
ーーーー
 
間違いないぞ。
 
しばらくして真打ち登場。
 
あ、落ちた。
 
ーーーー
 
『◯ルチ』とか『◯ズミコウ』とかいうやつです。
 
飲食店側も苦慮されているようで、
 
この目的での利用お断り看板を見たりします。
 
古今東西変わらないのは人間の欲。
 
時には、人間観察のためにお出かけするのも可です。
 
 
 
 
 
 
 
 
『ブルースカイブルー』

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無我夜話  9

東京からお越しのmiddleage女性ゲストさんからお聞きしたお話。
 
その方は訪問介護の仕事をされていますが、
 
担当のご婦人が天寿を全うされ、その人を偲ぶ旅だと仰いました。
 
そのご婦人は出生が彦根でした。
 
戦前、結婚前の男女が言葉を交わすのも許されなかった時代。
 
当然、共学は無く電車通学でも男女車両が別々。
 
(現代では違う意味で別々の必要性があるのですが。。。。)
 
そんな戒厳令下ような昔の学生さんですが、
 
恋はするのです。
 
ある時、女子学生(天寿を全うされたご婦人)は、
 
男子学生から突然手紙を受け取ります。
 
戦前の彦根駅のホームで。
 
もちろん言葉を交わしたこともありません。
 
でも、不思議。
 
女子学生も実は思いを寄せていたのです。
 
手紙を読んで、男子学生は有名なN会社(今でも有名)の御曹司だとわかります。
 
女子学生はどうしたでしょう・・・・。
 
答えは、
 
その手紙を家に帰って【燃やした】です。
 
戦前といっても戦争に近づいているわけで、
 
おそらく、男子たるものナヨナヨするのはけしからんと断じられる時代。
 
いっさいを封じ込めたのですね。
 
でも、燃やすという手段にでますか?
 
昔の人は、決着の付け方が厳しくて美しいです。
 
燃やすことで、永遠を感じてしまうのは私だけでしょうか?
 
私も5年後10年後、、と感じ方が深まっていけばいいなと思っています。
 
お話をしてくださったゲストさんも、
 
聞かせていただいた私も、
 
【命がけの恋愛】の形に心揺さぶられたのでした。
 
亡き人を偲ぶ旅こそ、実は旅の本質かもしれませんね。
 
 
 
 
彦根のまちなみ」

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